大阪・関西万博に期待!1970年大阪万博がきっかけで普及したものを紹介

「空飛ぶクルマ」

「2025年版人間洗濯機」

「未来の回転ずし」

上記のような「未来社会」を体験できると大阪・関西万博では注目されていますね。

万博閉幕後にも、普及していくのでしょうか。

 

そこで、2025年の大阪万博と比較されがちな、前回の大阪万博ではどうだったのかについて調べてみました

  • 1970年大阪万博から普及したもの
  • 1970大阪万博はなぜすごいのか

1970年の大阪万博がきっかけで、普及したものや、2025年の大阪万博と比較されるすごさについて解説します。

 

1970年大阪万博から普及したもの13のもの

1970年の大阪万博がきっかけとなり普及したものを調べてみました。

なんと13個もありました!

  1. 動く歩道
  2. モノレール
  3. エアードーム
  4. 電気自動車・自転車
  5. イヤレスフォン・テレビ電話
  6. 電波時計
  7. 温水洗浄器つきの便座
  8. ローカル・エリア・ネットワーク(LAN)
  9. ファストフード
  10. 缶コーヒー
  11. ブルガリアヨーグルト
  12. シャチハタ
  13. ピクトグラム

今では珍しくないものばかりですね。

当時はどのように展示や発表されたのでしょうか。

 

1:動く歩道

歩く歩道は、1970年大阪万博開催の3年前に、大阪 阪急電鉄梅田駅に設置されました。

その後、大阪万博で普及しましたが、開催時当日から故障が続いていました。

人気で負荷が、かかってしまったのか、故障続きだった。

 

2:リニアモーターカー

リニアモーターカーは、エンジンではなく、モーターの力で動く車両のことです。

万博会場内の専用路線として万博開幕の前日に開業しました。

当時は、未来の乗り物と紹介されましたが、今では日本をはじめ、世界中で運行されています。

 

大阪万博には間に合いませんが、東京と大阪の間を、最高時速500km(約1時間)で結ぶ「リニア中央新幹線」も、開通予定です。

 

3:エアードーム

エアドームとは、うすい布(ぬの)のような素材でできた空気でふくらませる“テント屋根”のことです。

人気だったアメリカのパビリオンで使われ、話題になりました。

日本の会社が作っており、東京ドームもこの方法で建てられています。

 

4:電気自動車・自転車

電気自動車・自転車は、万博内のみを走っていました。

現在では公共道路でも当たり前に利用されていますね。

そかし、もともとは大阪万博のときに「未来の乗り物」として紹介されています。

 

「空飛ぶクルマ」もかつての電気自動車のように、当たり前に利用される日がくるのでしょうね。

 

5:イヤレスフォン・テレビ電話

ワイヤレスフォン・テレビ電話は、現在でいう「スマホ」ですね。

当時は無線機のような大きな携帯電話でした。

テレビ電話は、迷子案内で子供と親をテレビ電話で双方向確認に使われていました。

ワイヤレステレホンは、実際に会場にいる人同士や、日本国内の通話で使うことができるように展示されていました。

 

6:電波時計

世界初の電波時計は、セイコーが大阪万博で設置しました。

 

7:ウォシュレット

現在でも日本発のウォッシュレットは、世界中で人気です。

そのきっかけが、1970年の大阪万博だったんですね。

 

8:ローカル・エリア・ネットワーク(LAN)

迷子管理や駐車場の空き案内まで管理するための、LANネットワークで構築された大規模コンピュータを建導入しました。

なんと、設費に31億円、運用費だけでも4億円かかったそうです。

 

実際の迷子の人数は、48,139人です。

また、大人の迷子は125,778人と驚きの人数です。

ローカル・エリア・ネットワークで管理していなければ、大変なことになっていたでしょう。

 

9:ファストフード

マクドナルド、ケンタッキーフライドチキン、ミスタードーナツなどが、大阪万博開催前後のタイミングで、日本に出店しました。

ケンタッキーフライドチキンは大阪万博で日本初出店しています。

 

10:缶コーヒー

万博開催の前年に、UCCが世界初の缶コーヒーを販売しました。

しかし、現在のように認知はされていませんでした。

 

万博会場で、商品が扱われたのをきっかけに、大ヒットしたようです。

 

11:ブルガリアヨーグルト

「明治ブルガリアヨーグルト♪」でおなじみの、ブルガリアヨーグルトです。

当時は甘いヨーグルトしかなく、酸味のある本場のヨーグルトは売れませんでした。

しかし、大阪万博後にブルガリア政府から、「ブルガリア」を商品名に使う許可を得ました。

 

その後、「明治ブルガリアヨーグルト」として売り込み人気がでて、今に至ります。

 

12:シャチハタ

シャチハタのスタンプはパビリオンに設置されたスタンプラリーで使用されました。

画期的で便利なはんこだと知名度がアップしました。

 

13:ピクトグラム

ピクトグラムは、オリンピックで導入され、大阪万博でさらに普及しました。

今ではどこでも見かけますが、当時は話題になったそうです。

2020年東京オリンピック開会式でも、話題になりましたが、実はその前の東京オリンピックですでに導入されていたんですね。

 

1970大阪万博のすごい3つの理由

1970年大阪万博と2025年の大阪万博はよく比較されます。

そして「前回のような成功はおさめられないだろう」という声をよく聞きます。

 

前回の大阪万博は、どれほどすごかったのでしょうか。

調べると、はじめての記録が3つもありました。

  • 1970年大阪万博は、アジアで初めて開催された万博
  • 万国博で世界で初めて黒字化を達成
  • 史上最高(当時)の6400万人が入場

 

確かにすごいですよね。

大阪・関西万博の想定来場者数が、約2,820万人です。

すでに、来場者数の想定で、前回の万博を下回っているんですね。

 

大阪・関西万博が、1970年の万博以上の成果を出すのは、相当な成果が求められることがわかりました。

 

1970年大阪万博はすごかった!2025年大阪万博にも期待しよう!

当記事では、1970年大阪万博の成果を紹介しました。

ご紹介したように、1970年大阪万博は素晴らしい成果を残しました。

その名残は、今も大阪万博公園で感じることができます。

 

3年後の万博閉幕後はどうなっているでしょうか。

2025年大阪万博にも期待したいと思います。

 

1970年大阪万博の詳細は下記サイトです。

大阪万博記念公園

コメント

タイトルとURLをコピーしました